みき先生ブログ「朝のひとり言から心を込めて」#6~ある自閉傾向のある患者さんとの出会い~
障害者歯科専門外来での勤務初日。
今でもはっきり覚えているのは、その日の最後に当時20歳ぐらいの自閉症スペクトラムの男性の方が受診されたのですが、その方は自分自身で歯みがきをすることがかなり難しい方でした。お母さんもがんばって仕上げ磨きをしてくれていましたが、本人が嫌がってなかなかしっかりとした管理ができないという状況でした。
月に一回の定期管理で受診されていましたが、仮に一月30日として一日3回歯みがきが必要となると90回以上、間食も含めたら100回以上の歯みがきをしないといけない中で、われわれが関与できるのはそのうちの立った一回30分だけです。あとはいかにご家庭でコントロールできるかにかかっているのですが、この方は重度の精神発達遅滞を伴っていたこともあり十分に管理できず、残念ながらほとんどの歯が虫歯になっていました。
人間の歯は、親知らずを除いて28本あることが一般的です。この方は全ての歯に虫歯ができていたので、受診するたびに一本ずつ治療しているという状況でした。一本ずつなのは治療に対する拒否が強いので、ご本人の精神的・かつ身体抑制に対する肉体的負担を考慮しなければいけなかったからです。そんな状況なので、毎回違う歯を治療して一周まわったらまた以前治療した歯が詰め物の間から虫歯になっている…という繰り返しになっていました。
当然、その日も治療が予定されていました。奥歯よりは前歯の治療しやすいところ(僕の当時の実力を考慮してのことだったのでしょう(前回ブログより))の虫歯の充填処置(樹脂を詰める治療)をすることとなりました。
治療開始から、激しく首を振って拒否を示していました。歯を削る器具はダイヤモンドの砥粒でコーティングされているバーを高速回転させるので、誤って歯ぐきや唇に当たってしまうと粘膜を損傷してしまいます。しかし、かなり大きく首を振って拒否を示すので、十分に虫歯を取り除いていくことができず、また、詰めるときにもずっと動き続けるため、正確に詰めることができませんでした。本人の負担を考えなるべく短時間で治療を終わらせることを優先しなければいけなかったとはいえ、自分の中でとても十分な治療とは言えなかったのです。治療後、今回の治療は十分ではないのでいずれまた治療が必要になるかもしれないとご家族に説明しましたが、ご家族からは「仕方がないことです、難しい中で処置をしていただきありがとうございました。」と言っていただけて、自分の無力さを強く感じました。
今なら、まずは僕やスタッフ、医院に改めて慣れてもらうところからスタートし、ご本人の発達年齢をある程度把握し、治療に対する不安をできるだけ取り除いてから、発達段階に合った条件付けなどで新たにできる行動を形成していく。それでもどうしても難しい場合は、全身麻酔等で一度に何本も正確に治療をして、その後再び虫歯ができるリスクを減らしていくという方針を立てるでしょう。しかし、この頃の僕にはこの分野での専門知識はなく、病院自体も現在のように全身麻酔での歯科治療に対応できていませんでしたから、前述したような治療を繰り返すしかなかったのです。
このようにして障害者歯科外来での勤務初日が過ぎていきました。その日の夜は、どうすればうまくいったか、次に治療をするときには何に気を付ければいいか。など何度も自問したことを覚えています。
その後、勤務するたびに新たな問題に直面しつつ、徐々にこの分野を専門にしていこうという気持ちが芽生え、勤務開始から3年経過したころに日本障害者歯科学会認定医を取得しました。
勤務初日のあの経験、そしてあの患者さんとの出会いが僕の歯科医師人生におけるライフワークを与えてくれたと思っています。