院長ブログ

コラム

地域での訪問歯科診療について考える―香川県保険医協会の取り組みから―

まえがき

2019年3月に香川県内の歯科医療従事者に向けて訪問歯科診療について講演させていただきました。終了後、受講生の方々に講演内容や訪問歯科診療の現状についてアンケートに答えていただきました。その結果を集計分析し、短い論文にまとめました。(3000字程度)ご興味のある方はぜひご覧ください。また、ご意見やご質問をいただけると幸いです。


 緒言

要介護高齢者の増加とともに訪問歯科診療の需要は今後ますます増加していくと予想される。その上、歯科保険医療機関においては、施設基準の申請を行う際に訪問歯科診療経験が必須となった項目も増え、患者側の需要だけでなく医療を提供する側においても必要性が高まった。しかしながら、いざ訪問するとなると、経験のない医院ではノウハウがわからないという声も聞く。今回香川県保険医協会では、訪問歯科診療についての講演会を開催し受講者を対象にアンケートを実施した。得られた意見を分析し、結果を考察した。

 

方法

訪問歯科診療における講演会に参加した30人にアンケートを実施した。そのうち返却された23人を対象としアンケート結果を集計した。

 

結果

アンケートの返却があった受講者のうち男性は16人、女性は7人であった。年齢別にみると40歳代と50歳代が最も多く7人、次いで30歳代が5人、20歳代と60歳代はそれぞれ2人であった。(図1)職種別では医院管理者である歯科医師が13人、勤務歯科医師が8人、歯科衛生士が2人であった。(図2)講演を知ったきっかけは、保険医協会からの郵送物が15人と最も多かったが、上司からまた知人から勧められて受講した人もいた。(図3)訪問診療経験のある人は22人で、経験のない人は1人だけだった。訪問経験のある22人にその頻度を尋ねたところ、ほぼ毎日が5人、週に2~3回が3人、週に1回が5人、月に1回が3人、年に数回が6人だった。(図4)訪問経験がないと答えた人はこれから訪問診療の予定があり、これまで行かなかった理由はただ需要がなかったからとのことであった。

 

今後訪問診療を行う上での重要視するポイントについて尋ねたところ、最も多く選択された項目は「かかりつけ医として訪問診療にどのように携わっていくか」であり、他には「在宅訪問歯科診療の方法や保険算定について」、「ケアマネージャーとの関わり方」という項目が多く選ばれた。(図5)最後に今後協会主催で開催してほしい訪問歯科診療に関する講演について尋ねると、同地域で積極的に訪問歯科診療に取り組んでいる先生を講師とした講演会が最も多く望まれており、次いで全国的に第一線で活躍している訪問歯科診療を専門とした歯科衛生士・歯科医師を講師とした講演会、症例検討会などが選択された。(図6

 

考察

今回当協会が、訪問歯科診療の基礎知識を解説するための講演会を企画した背景には、やはり超高齢化社会となりそれと同時に要介護者が急増している現状にある。患者数の増加に伴い訪問歯科診療の需要も増えているが、患者の病態もさまざまでありまたリスクを伴う危険性もあるため、以前に比べ訪問歯科診療に対するハードルはより高くなっているように感じる。そのため、個人開業のいわゆるかかりつけ歯科医が訪問歯科診療に出かけるケースが少なくなる傾向にある。しかしながら、自院に通っていた患者が要介護となり通院できなくなった際に、その患者の情報を最もよく把握しているかかりつけ歯科医が訪問して診察することは、情報面での有益性のみならず、顔を知った信頼のある人物に会うという安心感やQOLの向上にも繋がることもあるだろう。

 

また、かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所の認定を受けるための施設基準として「過去一年間に歯科訪問診療1若しくは歯科訪問診療2の算定回数又は連携する在宅療養支援歯科診療所1若しくは在宅療養支援歯科診療所2に依頼した歯科訪問診療の回数があわせて5回以上であること。」とある。近くに在宅療養支援歯科診療所がない場合には、自院で訪問する必要があり、かかりつけ医とは訪問歯科診療も行う歯科診療所のことを指すということが、国の方針としても示されたこととなった。

 

このように訪問歯科診療を行う必要性が高まってきたことを受け、また会員からも訪問歯科診療の基礎知識についての解説を希望する声が上がり今回の講演会が開催された。講師は筆者が勤めた。201810月に全国保険医団体連合会から発行された「2018年版 今日からできる歯科訪問診療の手引き」に基づき、「第一部 初めて訪問に行くときに押さえておきたいポイント」、「第二部 訪問の患者さんはこんな人 実際の診療風景を参考に 口腔乾燥体験実習」、「第三部 保険算定について 訪問診療の手引きをもとに解説」という三部構成で3時間の研修となった。(図7)

 

以下にアンケート結果に基づく考察を示す。受講者の年齢や職種を分析したところ幅広い年齢層の開業歯科医師が最も多く参加していたので、年齢に関係なくかかりつけ医として訪問歯科診療の重要性を感じていることが示唆された。また、勤務歯科医の参加も多かった。多数の歯科医師が勤務する医院では勤務医が訪問診療を担当することが多いと聞く。上司からの勧めだけでなく自発的に参加している勤務医もいたことから、院内での自分のポジショニング確立のためにも有効と考えたのではないだろうか。われわれの想定外だったことは、受講者のほとんどがすでに訪問歯科診療を経験していたことであった。当方としては訪問歯科診療未経験の歯科医師が明日から初めて行うために学ぶということを想定していたが、結果的にはある程度経験はある歯科医師・歯科衛生士が、自らの知識のまとめや、保険算定における見落としがないかを確認するために受講していたと考えられる。未経験者の受講はほとんどなかった。おそらく今までに訪問歯科診療に行ったことがない人はそもそも興味がない、または保険算定の施設基準を考慮したとしてもその必要性はないと判断したではないだろうか。

 

月に1回1人の患者のみ訪問、年に数回程度のみ訪問に行く医院もあった。その中には、次回の「かかりつけ強化型歯科診療所」の施設基準を満たすことが難しいと考えている意見もあった。厳しい施設基準は逆に訪問歯科診療へのモチベーションを低下させる可能性もある。アンケートによるとグループホームや病院への訪問より、かかりつけ医として在宅への訪問が重要との意見が多く見られた。グループホームは訪問専門の歯科医院がすでに提携している場合が多いことや、病院管理の患者は重篤な全身状態により診療が困難と考え、診察を控えるケースも多い。そのような場合には医科主治医との連携を密にとり全身状態を正確に把握することや、重篤なケースを多く経験している他の歯科医師との連携を図る必要がある。今回の受講者は連携の重要性を十分に理解し、自らの経験とスキルに合わせた無理のない訪問歯科診療を行うこと、また、自院に通っていた患者をそのまま在宅で診察するという点に焦点を当てていたと考えられる。

 

今後望む研修内容または講師について尋ねたところ、香川県内で積極的に訪問歯科診療を行う歯科医師の講演を望む意見が多かった。その地域で実際に訪問歯科診療がどのように行われているか、具体的にどこから依頼を受け、何を用意しているかなどを知ることで、具体的なイメージがしやすく明日からの臨床に直結するという意志が強く感じられた。

 

結語

香川県歯科医師会では今後も、一人でも多くの会員が訪問歯科診療を進んで行うことができるよう、今回のアンケートを基とした研修などの企画を考案する予定である。


あとがき

最後までお読みいただきありがとうございました。本文中にもありますように、訪問歯科診療には十分な知識と技術を必要とする場面も多々あります。みき歯科三越通りクリニックでは院長が大学病院での豊富な全身管理の経験や、障害者歯科認定医として患者各々の状態にあった無理のない診療を得意としており、困難と思われる訪問診療についても安心安全を配慮して行っています。開院以来3年が経過しますが、在宅・高齢者住宅だけでなく、病院・施設からの訪問依頼も増えてきています。ご自身やご家族、地域の方々で訪問歯科診療を必要とされている方がいらっしゃったら、ぜひご相談ください。